市 川 直 道
初めて校長として赴任したのは東京でも西方の山間の学校で、その地を訪れたのは三月の末のことでした。バス停からなだらかな坂道をあがっていく途中の草地の中にひっそり
と石碑が立っていました。丸みを帯びた文字で、次のような詩文が刻まれていました。
「 ね が ひ 」人と人のあひだを
美しくみよう/自分と人のあひだを
美しくみよう/つかれてはならなゐ/ 八 木 重 吉
妙に暖かく感じたのは、文字の形のせいなのか、日だまりの石碑に注ぐ日差しのせいなのか、詩の内容からくるものなのかよくわからないまま、深く心に刻まれたのを覚えています。後で知ったのですが、学区内に八木重吉の生家があり、私が赴任した当時は資料館になっていました。その地域は今頃になると、山は紅葉の色が美しく何種類もの紅と黄色が鮮やかな模様を織りなし、澄んだ空気の中で秋を染め上げていました。八木重吉が、「秋の詩人」といわれる所以はこうした自然の中で育まれたことによるのだろうと勝手に想像したものです。10月末の読売新聞の「編集手帳」には八木重吉の「雲」という詩が取り
上げられていました。
「雲」くものある日/くもはかなしい/くものない日/そらはさびしい