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まくら
市内オプションツアー

 先に書いたように、私どもの旅行は基本的に「自由滞在型」です。このローマでもやはり自分で計画をたて、自分の足で移動して見たかったのですが、少し調べたところここには非常に多数の遺跡などの見どころがあり、それらの間を自分で移動していると相当な時間がかかるのがわかりました。

旅行会社H.I.Sで左図の「ローマ市内オプションツアー」というのをしていましたので、まず初日はそれに参加することにし、東京であらかじめ契約していきました。
これは所要時間4時間ほどのツアーで、ローマ市内の名所3ヶ所を日本人ガイドつきのマイクロバスで回ります。費用は一人6000円ほどで、手ごろなところです。

また市内オプションツアーは、朝から半日で終わりますので、その日の午後は自分の好きなところに行くことができます。
私どもが宿泊したホテルについては後に詳しく書きますが、ローマ中心部の北部、観光名所「スペイン広場」の近くにありました。
上記市内オプションツアーが出発するのは「スターホテルメトロポール」というホテルで、市内地図でみると私どものホテルよりずっと南にありました。これはかなり遠いからタクシーか地下鉄で行かなければならないかと思いましたが、市内地図の縮尺を確認したところ、たいした距離ではないのがわかりました。

観光スポットが集中するローマ市中心部は、たいした面積ではないのです。町並みを見ながらのんびり歩くつもりなら、この地図の端から端まで歩いても、私どもが東京でしている「週末遊歩」の歩行距離ぐらいです。
これに気が付いて大いに気を強くし、スターホテルメトロポールまで歩いたところ、やはり予想通り20分足らずでつきました。

フォロ・ロマーノ

 バスが出発すると、ガイドの日本人女性が窓外に次々に現れる名所旧跡を詳しく解説してくれます。まず最初についたのは、古代ローマ発祥の地として知られる「フォロ・ロマーノ」でした。
アッピア街道の道端に止まったバスを降り、ほんの少し歩くと、正面に天を突くような巨大な石の門が現れました。西暦315年にコンスタンティヌス帝の戦勝を記念して建立されたものとのことですが、遠くから眺めただけで恐ろしいほどの存在感があります。

パリの凱旋門とこちらを比較すると、どちらが大きいのでしょうか。

1960年のローマオリンピックのマラソン競技では、エチオピアのアベベ選手が裸足でアッピア街道をひたひたと走り、ぶっちぎりのトップでこの凱旋門をくぐりました。あまりにも早いゴールインであったため、まだゴールテープの用意がしてなかったそうです。

フォロとは公共広場とのことで、従ってフォロ・ロマーノとは古代ローマの広場という意味だそうです。壮大な凱旋門、空を圧するコロッセオ(円形競技場)、そしてシーザーなど古代ローマの英雄たちの活躍の場となった元老院議場の址などがここに集中しています。

コロッセオ

 凱旋門に近づくと、その向こうに凱旋門をはるかにしのぐ巨大な建造物が見えてきました。写真を撮ろうとしても、画面からはみ出してしまいます。さらに近寄るとその中が一部のぞきこめるところがありましたが、そこでまたその大きさに驚かされました。

コロッセオ(円形競技場)は、上記凱旋門凱旋門よりずっと早く、紀元80年頃完成したとされます。

イエスキリストがなくなってから間もないころということになります。

この中で、剣闘士同士の命をかけた闘い、あるいは剣闘士とライオンの闘いなどが盛んに行われ、ローマ市民はそれらを見て熱狂したそうです。映画にもなった小説「クオヴァディス」の中にも、ここでの凄惨な闘いの様子が描かれています。

上の写真のように、円形競技場の外壁が一部剥ぎ取られて低くなっています。これは、後にキリスト教がローマの国教となってサンピエトロ寺院が建立されたとき、石材が不足したのでこのように円形競技場の外壁を一部を剥ぎ取って利用したのだそうです。>

凱旋門の正面から左手に向かうと、まず古代ローマの裁判所の建物が見えてきます。

古代ローマの遺跡

 その一部は修復して現在も裁判所として使用しているとのことです。
その裁判所の反対側には、古代ローマの遺跡がほとんどそのまま残されています。一部は、現在もなお発掘調査が行われているとのことです。
日本でしたら大多数が木造建築ですから、多湿な気候により次第に朽ち果ててゆくか、あるいは火災により消失してしまいます。巨石を積み上げて造った建造物が、現在もなお時代を超えて示す存在感の大きさには感嘆するほかありません。

元老院議場の址

 裁判所の奥には、コロッセオを完成したことで有名な皇帝ティトスの凱旋門があります(上の写真)。音楽に詳しい方にとっては、モーツアルトの最後のオペラ『皇帝ティトスの慈悲』が思い出されるでしょう。

その凱旋門のさらに奥に、岡に囲まれた低い場所がありますが、ここが古代ローマの元老院議場の址とされます。シーザーが活躍し、やがてブルータスらによって暗殺されたのが、この場所です。
現在は、石の柱などが点在するだけでの草野原で、野鳥のさえずりが聞えるのみでした。

写真を撮った後、しばし野原を見下ろす崖に上に立ち、シーザーの冥福を祈りました。

ベンハーの競技場

 以上でフォロ・ロマーノを一応観終わり、ふたたびバスに乗って今度はローマ市の西部バティカン市国の見学に向かいます。途中でガイドの日本人女性が、また詳しい解説をしてくれます。
この草原は、映画『ベンハー』でチャールトン・ヘストンが戦車競技大会に出場し、宿敵と命を懸けた競技を行った場所だそうです。バックの古代遺跡が実に素晴らしい舞台装置になっています。
やがてチベール川にかかる美しい橋をわたり、バティカン市国の入口に向かいます。

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