ウフィツィ美術館を出てから、ぶらぶらと寄り道をしながらまたドゥオモ(大聖堂)に帰りました。ドゥオモ広場の南の角に、大きなカフェテリアがあって繁盛しています。そこで腹ごしらえをしてから、次のお目当てサンマルコ美術館に向かいました。
この美術館は、ドゥオモから北にカヴール通りを歩いて15分ほどのところにあります。フィレンツェの街は、万事ドゥオモが中心となっています。場所について話す際も、ドゥオモからどう行くという具合にいえば通りがよいのです。そのドゥオモから北に向かって歩いていくと、サンマルコ広場という広場に突き当たります。 |
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広場には、写真のサンマルコ教会とサンマルコ美術館が隣接しています。それぞれ入口は別なので、間違えないように入ります。
私どもはサンマルコ美術館のほうに行きましたが、サンマルコ教会のほうも見学ができ、その中には優れた美術品などがたくさんあるそうです。
なおこの広場の近くには、ミケランジェロのダビデ像があるので有名なアカデミア美術館や孤児養育院美術館など、優れた歴史資産がたくさんあります。
アカデミア美術館は、私どももあとで訪れましたので、別ページをご覧ください。 |
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ここは、もとはメディチ家初代のコジモの援助により建立されたドメニコ教団の修道院だったそうです。館内に入ると、明るい中庭が開け、それを囲むアーチのある建物が見えます。この中庭は、修道院の院長を務め後にフィレンツェ大司教となった聖人の名から聖アントニーノの中庭と呼ばれます。
中庭を囲んで回廊があり、その奥に小さな展示室が並んでいます。それらの中には半月形の壁画がありますが、ほとんどが聖アントニーノの物語を描いているとのことです。 |
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中庭の回廊の壁に、見覚えのあるメディチ家の紋章を見つけました。メディチ家は薬業から出発して大をなしたとのことで、その紋章は薬種をかたどっています。
この紋章は、修道院を建立したメディチ家のコジモを称えたものでしょう。
コジモの騎馬像がウフィツィ美術館の近くのシニョリーア広場にありますが、そこはサヴォナローラという宗教家が火刑に処せられたことでも有名です。そのサヴォナローラは、なんとこの修道院の院長だったとのことです。 |
現在でも、この美術館の二階にはサヴォナローラの部屋があります。 この美術館では館内の写真撮影は禁止されています。といって、このページにこれら名作の写真がまったくないのでは話になりません。そこでやむを得ず、美術館の出口で販売していた絵葉書の画面をスキャナーで読み取って小さい画面サイズで掲載しました。なにとぞご了承ください。 |
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修道院の大食堂の壁には、《最後の晩餐》 のフレスコ画が描かれています。 ギルランダイオという15世紀の画家の作品とのことですが、レオナルド・ダ・ヴィンチの傑作 《最後の晩餐》 と同じく食堂の壁に描かれているのが面白いところです。 |
この作品では、キリストを裏切ったユダの描き方が少々変っています。他の画家の作品ではユダは他の使徒と並んで座って顔を伏せているという構図が多いのですが、この絵画ではユダはキリストの前に座って背中をこちらに向けています。
上に掲載した写真は、サンマルコ美術館の中のショップで買った絵葉書からスキャニングしたものです。 |
この美術館は、今日ではフラ・アンジェリコのフレスコ画がたくさんあることで有名です。ドミニコ修道士フラ・アンジェリコは、ルネッサンス初期にフィレンツェで活躍し、瑞々しい率直な画風で宗教画に新境地を開きました。マザッチョと同時代人で1455年没ですから、ダ・ヴィンチが生まれたころに亡くなったことになります。
私は昔からフラ・アンジェリコの作品、中でも 《受胎告知》 が大好きで、今回の旅行の目的の一つがこの名画に会うことでした。修道院の質素な木の階段を、《受胎告知》があるという二階に向かってゆっくりと登って行きます。 |
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階段の踊り場で歩く向きを変えたとき、その絵は目の前の階段の上に現れました。名画に目を奪われたまま、一歩一歩階段を登り近寄って行きました。
かなりサイズの大きい作品でしたが、テレビの美術番組などで知っているようにほの明るいのびやかな画調のため、ますますひろびろとした画面に見えます。 |
いかにも修道士が描いたものらしい静穏な画調で、大天使ガブリエルの衣服など中間色の美しさが印象的です。また画面構成の上では、建物のアーチと列柱をうまく利用しているのがわかります。
上の写真もサンマルコ美術館の中で買った絵葉書からスキャニングしたものです。 |
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二階は昔の修道院の僧房そのままで、小さな部屋に分かれています。それぞれの部屋の中には、左の写真のようにアーチのついた壁がんがあり、その中にさまざまな壁画が計42枚もフラ・アンジェリコとその弟子たちによって描かれています。
次々に小部屋に入って壁画を見て行くと、それぞれテーマが異なり、画風も微妙に違うので興味が尽きません。美術作品としての出来はさまざまですが、共通しているのは熱烈なる信仰心がまざまざと見えることです。
これらの絵画が制作されたのは、ルネッサンス初期の15世紀、宗教改革が勃発する前のことであり、しかもこれらの作品の用途は修道院の僧坊で修道僧たちが祈りと瞑想を捧げる対象としてでした。 |
絵画の構図が著しく簡素化され、画題に対するアプローチがやや単純に見えるのも、当然のことでしょう。 しかし、表現過多と思える現代に、私にはこの簡素さが大変新鮮に感じられます。 上の写真はそれらの壁画の一つで、蘇った自分にすがり付こうとしたマグダラのマリア(聖母マリアではない)を制してキリストが「我に触れるな」といったとされる場面です。
この説話はマルコ福音書に記述されているそうですが、そのためにこのサンマルコ修道院においては大変重要視されたのでしょうか。絵画の出来としても素晴らしく、僧坊内の壁画の中でも特に優れたものの一つでしょう。
上の写真も絵葉書からスキャニングしたものです。 |