次の朝早く、HISバスがホテルの前まで迎えにきましたので、それに乗ってトスカーナの古都シェナ経由でフィレンツェに向かいました。フィレンツェはローマの北250kmほどのところにあり、シェナはその手前30kmに位置します。
古代ローマ時代にはシェナは強力な都市国家として隆盛を極め、フィレンツェを戦争で打ち破ったこともあるそうです。
現在は、イタリアの中世を現代に伝える観光都市として有名で、世界遺産にも登録されています。 |
|
|
ローマの旧市街を北に抜けると、新しく建設された市街地になり、高層アパートが目につくようになりました。その後は次第に山岳地帯を登って行きます。
そこを過ぎると、山岳地帯の盆地のような平原に出ます。オリーブの木と糸杉とブドウ畑の多いトスカナの田園が、どこまでも広がります。
遠くの山の上を見ると、高い塔のある大きな建物と鐘楼らしいものが見えます。 |
|
このような中世の建物は、このあたりにどれほど残っているのでしょうか。 |
|
|
やっとシェナに着き、町の中心から少し離れたところにバスが止まりました。これから15分ほど歩いてお目当てのドゥオモ(ドーム)に向かうとのことです。幸い天気は曇りながら雨の心配はないので、ゆっくりとあたりを見回しながら歩きます。
やがて、案内書などで見覚えのある高い鐘楼のあるシェナの大ドゥオモが遠くに見えてきました。遠くからでもこれだけの大きさに見えるのですから、その規模が知られます。 |
|
ドゥモを中心にして、町全体が高さ15メートルほどもある高い城壁に囲まれています。 |
|
|
そのあたりで、もう一つ鐘楼のある教会が見えてきました。ものの本によると、これは「サンドメニコ教会」というもののようです。さほど大きくはありませんが、やはり時代を感じさせる立派な建築でした。
東京と違って周りに高層建築がないので、教会などの歴史のある建築がよく目立ちます。特に教会の鐘楼が遠くからはっきりと見えます。
また、東京のように市街の騒音が大きくないので、遠くで鐘楼の鐘がなるのがときどき聞こえます。 |
|
やがて、厚い赤レンガの城壁に造られた大きな門を通り、シェナの旧市街に入ります。 |
|
|
シェナの旧市街はいくつかの丘を中心に建設されたようで、ドゥオモに向かう途中にご覧のような深い谷がありました。すり鉢のような急坂を下ったあと、今度は前方の急坂をはあはあいいながら登ります。
シェナは、ローマより200kmも北にある上に相当標高も高いので、かなり雪が降るとのことです。ガイドさんも、この前ここにきたときは雪に逢ったといっていました。
そのような雪のときは、市民や観光客はこの急坂をどうやって通るのでしょうか。なにしろ階段ではなくつるつるの石畳で、手すりもありません。 |
|
私どもでしたら、滑ったらこのすり鉢の谷底まで転落してしまいます。余計なお世話かもしれませんが、心配してしまいました。 |
|
|
この道路とその周りの路地は、タイムカプセルのようにイタリアの中世からの姿がそのまま残っています。
まずは丘の天辺にあるドゥオモをめざして登って行き、やっとドゥオモの正面に出ました。しかし、あまりの大きさに、ドゥオモの全景が見えません。ここは丘の頂上でもともとあまり広くない上に、いくつも大きな建物があるので、遠くに離れて全景を見るのも難しいのです。 |
|
丘の上にある他の建物の入口に入り込んで、やっとこの写真を撮りました。 |
|
|
この大聖堂ドゥオモのファサード(正面)は、ロマネスク=ゴシック「シェナ様式」の傑作とされます。完成までに200年を要したという壮大な建築です。
左の写真で、ドゥオモの前に立っている人の大きさから、この大聖堂の大きさがおわかりになるでしょう。 |
|
堂内の床面は旧約聖書のさまざまな場面を描いたモザイクでで飾られているそうですが、今回は残念ながら時間の関係で入れませんでした。 |
|
|
大聖堂の入口の横に、日本で言えば狛犬さんのように、高い石柱の上におおかみの像が置かれていました。よく見ると、おおかみのお腹の下に2人の幼児がいて、おおかみの乳房をしゃぶっています。
ローマを建国したロムルス、メルス兄弟が、幼いとき牝狼に助けられ、その乳を飲んで成長したという神話の像です。この大聖堂は、12世紀に着工され、14世紀に完成されたとのことです。 |
この時代にはローマを拠点とした西ローマ帝国はすでに遠い昔に滅びていたのですが、戦国時代のイタリアで栄光の古代ローマが理想とされたのでしょうか。
この大聖堂の周りには、付属の博物館など多数の歴史資産があります。特に、博物館内のフレスコ画は非常にレベルが高いことで有名なので、ぜひ見たかったのですが、これも時間の関係で行けませんでした。 |