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ナポレオン3世治下の1860年ごろ、当時のセーヌ県知事であったオスマン男爵がパリの大改造に乗り出しました。大分荒っぽい強権をふるったようですが、ともかくその結果パリは面目を一新し、ヨーロッパ一の近代都市になりました。
ベルサイユ宮殿のフランス式庭園でもわかるとおり、こういう場合、徹底して幾何学的に整然と作り上げるのがフランスの流儀です。 そのもっとも典型的な例が、ルーブル美術館と凱旋門をつなぐ直線的な構成でしょう。デジタルカメラを持って、ご一緒にそのルートをたどってみましょう。 |
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ルーブル美術館は、メトロの駅に隣接しており、地下の入口からも入館できます。 今回私どもは、地下入口より混雑が少ないといわれる地上のピラミッド側から入館しました。
クラシックなルーブル宮殿の中庭にこの超近代的なガラス張りのピラミッドが建てられたときは、大変な論議が行われたようですが、現在では別に違和感もなく、パリの代表的構造物のひとつになっています。
妻に行列の場所を確保してもらって、私のほうはデジカメを持ってあたりを撮影しました。 |
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ピラミッドと反対側を見ると、立派な凱旋門があります。パリの中心になっているエトワール凱旋門よりは小さいですが、それでも堂々たる建築物です。 だれかがパリには合計5つの凱旋門があるといっていましたが、石造の大きな門が好きなお国柄のようです。
小凱旋門のはるかかなたにコンコルド広場のオベリスク(尖塔)が見え、そのまたずっと向こうに大凱旋門が小さく見えています。
ルーブルのピラミッドとこれらはすべて、同じ直線の上に配置されています。 |
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カルーゼル凱旋門とコンコルド広場の間のセーヌ河畔に広がる美しい公園です。噴水のある巨大な円形の池があるので有名です。公園の中には、ロダンの彫刻などが多数置かれてあり、新緑の中、彫刻を楽しみながらゆっくりと休むことができます。
さきほどカルーゼル凱旋門から小さく見えたコンコルド広場のオベリスク(尖塔)と大凱旋門が、この池からはかなり大きく見えるようになりました。 |
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コンコルド広場に着きました。フランス革命の際、マリーアントワネットがギロチンにかけられた場所です。現在は、巨大なロータリーのある交通の要衝となっています。
ロータリーの中心には、先端が金色の高いオベリスク(尖塔)が立っています。ナポレオンがエジプトに遠征したとき、持ち帰ったものです。このオベリスクも、例の直線上にあります。
南の方向を見ると、セーヌ川の向こう岸に国民議会の建物がそびえています。さらにその奥にはアンバリッド(廃兵院)の巨大な金色のドームが輝いています。 |
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このオベリスクの位置からエトワール凱旋門までは、ご覧の通り一直線の広い道路が伸びています。この大通りはシャンゼリゼと呼ばれ、パリきっての目抜き通りとなっています。大通りの両側は、二重になった高い街路樹が連なっており、鮮やかな新緑に輝いていました。
大通りのはるか奥に、壮大なエトワール凱旋門が見えました。すぐ近くに見えますが、実はここからは2km近くも離れています。エトワール凱旋門の大きさが、おわかりになるでしょう。 |
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二重になった高い街路樹の向こうには、シャンゼリゼの有名ショップやブティークなどが並んでいます。ご覧のような世界的に有名なブランドのショップもたくさんあります(といっても、実は私はよく知らないのですが)。
また、歩道には方々にカフェのテラステーブルがあり、街路樹の向こうのシャンゼリゼ通りを見ながら、ゆっくりと休めます。
日本の銀座通りと同じように、このシャンゼリゼ通りにも何本も裏通りがあります。通の人たちは、それら裏通りのどこになにがあるというのをよくご存知で、上手な買い物をしていらっしゃるようです。 |
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ルーブルから凱旋門にいたるこのルートは、パリ観光の人気コースなので、盛んにツアーの観光バスが行き交っています。左の写真のようなオープン形式の観光バスもよく見かけました。 さすがに寒いようで、お客さんたちは大分厚着して乗っていましたが、それでも歓声を上げながら盛んにカメラのシャッターをきっていました。
このあたりには、もちろん路線バスもありますしメトロも通っています。バスツアーに参加していない観光客でも、適当な交通機関を利用してこの人気コースを楽しめます。 |
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コンコルド広場より少し凱旋門に近づいたアレクサンドル3世橋の近くから南を見ると、セーヌ川の向こう岸にパリのシンボルエッフェル塔が見えました。
お昼に近いころだったので、南にあるエッフェル塔は逆光となり、黒いシルエットで力強く立っていました。
エッフェル塔の手前に、アレクサンドル3世橋のたもとの石柱に乗っている彫刻が金色にきらめいていました。
セーヌ河畔からまたシャンゼリゼ通りに戻り、ふたたびエトワール凱旋門に向けて歩きます。 |
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やっと大凱旋門に着きました。パリの市街は、この凱旋門を中心として構成されており、ここから12本もの大通りが放射状にパリの外側に向かっているとのことです。そのために、この大凱旋門はエトワール(フランス語で星)と呼ばれます。
大凱旋門は、大きなロータリーの中央にそびえています。まわりになにも建物がないせいもあり、大凱旋門の大きさ、存在感は圧倒的です。 |
私どもは行ったことがありませんが、大凱旋門の上に登ることができ、すばらしい眺望が楽しめるそうです。
第2次大戦のはじめ、フランス軍に勝利したヒトラーの軍隊はこの凱旋門を通ってパリに入城しました。自分たちが聖地のように思っている凱旋門を軍靴に踏みにじられたフランス国民は憤り、その後粘り強いレジスタンス活動を続けました。
やがて、ドイツ軍を追い払って戻ってきたシャルル・ド・ゴールは、ドイツに占領されていた記憶を拭い去るかのようにこの凱旋門を通ってパリに入城し、パリ市民に熱狂的に迎えられました。
パリの「直線物語」は、なお続きます。この大凱旋門のさらに西方8kmのところに新都市ラ・デファンスがあり、そこにはエトワール凱旋門をはるかにしのぐスケールの新凱旋門があります。その新凱旋門もまた、ルーブルからエトワール凱旋門と続く直線上にあるとのことです。なんとも恐れ入った話です。 |