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パリの西、ブーローニュの森に近い住宅地ラ・ミュエットにある小さな美術館です。美術史家ポール・マルモッタンが、建物と自分の美術収集品をフランス学士院に寄贈したのがはじまりです。
その後、印象派の大画家クロード・モネのご子息からモネの絵画を寄贈されたことにより、モネ・コレクションが大変充実しました。特に、印象派活動の出発点となった名画『印象・日の出』を所蔵していることで有名です。
新緑の美しいラ・ミュエットの公園を7、8分歩いて、マルモッタン美術館の前に着きました。 |
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建物は、三階ほどのさほど大きくないつくりで、一見アパートか郵便局のようです。入口に美術館のポスターが貼ってなければ、通り過ぎてしまいそうです。
しかし、この中には世界中のモネファンを牽きつける多数の名画が展示されているのです。ラ・ミュエットの公園で私どもの前を歩いていた一団が、そのままぞろぞろとこの美術館に入っていきました。私どものご同類だったのかと気がつきました(^_^)。 |
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美術館の展示部分は、地上二階、地下一階で、こじんまりとしています。小さな美術館なので、特に順路は気にせず、まず入口の右側から二階に上がります。
そこには、モネと同時代の印象派画家の作品が多数展示されていました。モネ関連の印象派の展示室でよく見かけるのは、シスレーとピサロです。 |
どちらもモネと大変親しかったようで、ともにモネが推進した第一回印象派展に出品しています。また、どちらもオーソドックスな画風の風景画を得意としていた点でも似ています。
実は、これまでシスレーについてはパリ生まれのイギリス人だと聞いたことがありましたが、それ以上はよく知りませんでした。この人はモネより1歳年上で、モネの印象派活動に早くから共鳴し、初期の印象派展に継続して出品しています。
この美術館にあった上の風景画は、いかにもシスレーらしい作品の一つといえましょう。しかし、シスレーには時代の潮流をいち早く察知する感性があったようで、後に次第に点描画に傾倒していきました。
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左は、ピサロの雪景色の作品です。モネの雪道連作は有名ですが、ピサロも雪景色の絵画をかなり残しています。
昔から、ピサロの作品が大好きです。オーソドックスで節度のある画面構成といかにも印象派らしい明るい色調に惹かれます。 実は、私は日本で人気のあるコローの風景画は好きではありません。あの売絵調がどうも好きになれないなどというと、コローファンの皆様からお叱りを受けそうですが、あのべったりした画面にはなじめません。 |
一方、ピサロの風景画には節度と気品があり、さらに現代に通ずるエスプリがあります。
今回、ピサロについても少し調べてみました。驚いたのは、この人はなんとモネより10歳も年上で、あのマネよりも2歳年上だったということです。マネは、モネらの印象派活動に理解を示しつつも少し離れて観察するスタンスでしたが、このピサロは10歳も年下の青年たちと手をとりあって印象派活動を推進したのです。
ピサロはかなり長生きしましたが、その後は画風はあまり変わらなかったようで、方々の美術館に一見してピサロらしい作品が多数残っています。 |
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一階には、中世の装丁本のコレクションとか19世紀の家具などもありました。
一階右側の奥にモネの年譜が壁に掲示されてあり、その前で美術ツアーの解説者が参加者たちに説明をしていました。
その隣に、ルノアールがモネやモネ夫人を描いた肖像画がありました。モネがもっとも親しかったのは、ルノアールだったと思われます。年齢がほぼ同じで、またどちらもかなり長生きしたこともあり、一生にわたり家族ぐるみの付き合いがあったようです。
下左は、ルノアールが描いたモネの肖像です。いかにも親愛の情を感じさせる優れた肖像画ではありませんか。ルノアールがモネ夫人を描いた肖像画もすばらしいものでした。たしか、オルセーにはモネが描いたルノアールの肖像があったと思います(^_^)
下右は、ルノアール晩年のパステル画です。ドガやルノアールは、晩年には視力が衰えたので、速く描くことのできるパステル画を多く制作したということです。
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モネの年譜が掲示されているところから、階段で地階におります。そのフロアは、すべてモネの作品で占められていました。
階段を降りたすぐのところに、お目当ての『印象・日の出』がありました。この作品だけは、防弾ガラスのカバーがかかっています。ルーブルのモナリザと同じ扱いです。 なにしろ、1985年にはこの美術館にピストルをもった強盗が押し入り、この『印象・日の出』をはじめ9点の名画をさらって逃走したのです。その後、やっとのことでそれら名画を取り戻した美術館が、ガードを堅くするのは当然でしょう。
私は、この名画が日本にきたとき、上野に見に行きました。この作品の前で行列ができ、しばらく待ってやっと見ることができた記憶があります。今後はこの作品は、フランスを出ることはないそうです。
何度見ても、やっと登り始めた太陽の赤い色と薄明の港内を覆っている灰色の対比が、なんともいえないくらいすばらしいです。
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地階の奥のほうは、大きな展示室全体がモネの『睡蓮』の連作で占められていました。
『睡蓮』の部屋というと、現在閉館中のオランジェリ美術館をすぐ思い出しますが、こちらの『睡蓮』のほうが制作が早いようで、花の形、雲や柳の葉などがはっきりとした形状で描かれています。
オランジェリ美術館と同じように、展示室の中央に長いすが置いてあるので、疲れてくるとそこで休みながら周りの壁にかかっている『睡蓮』の絵をゆっくりと眺めます。
モネの家があるジベルニーは、パリの国鉄サンラザール駅から1時間ほどで行けるところですが、結局、この前も今回もそこに行くことができませんでした。時間がなかったのもひとつの理由ですが、この時期、ジベルニーはやっと新緑が始まったばかりで、モネの庭にもほとんど花が咲いていないと知ったからです。
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パリ西方のジベルニーに住みついたモネは、パリとの往復の際は、国鉄のサン・ラザール駅を利用したと思われます。そのサン・ラザール駅を描いた作品が数点あり、現在オルセー美術館でもこのマルモッタン美術館でも見ることができます。
当時の最新テクノロジーであった蒸気機関車が広いサン・ラザール駅の構内で盛んに白い蒸気を吹き上げているこの作品をみると、モネという画家がいかにスケールが大きかったかを実感させられます。
オルセー美術館にあるサン・ラザール駅の屋根を描いた作品もすばらしいですが、こちらの作品もただ感嘆するのみです。
私はピサロも大好きですが、ピサロは結局オーソドックスな風景画家の枠を出ることはありませんでした。一方、モネは、優れた人物画がたくさんあり、『積みわら』や『睡蓮』の連作があり、大聖堂の連作があり、そしてこの蒸気機関車の連作がありです。これほどの巨人は、印象派の中ではほかにはゴッホがあるのみです。
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