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マドレーヌ寺院は、もともとナポレオンの命でフランス軍の栄光をたたえる神殿として建設が開始されましたが、その後ナポレオンが失脚したため、カトリック寺院として利用されることになりました。このような経緯により、古代ギリシャ建築風のカトリック寺院という珍しいパリ名所が誕生しました。
左の写真は、南側のコンコルド広場の方向からマドレーヌ寺院の正面を撮影したものです。この列柱の高さは20メートルもあるとのことです。寺院の前にある自動車の大きさと比較してください。 |
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マドレーヌ寺院の入口には、大きな黒い扉があります。その扉には、ご覧のようなレリーフ(浮彫り)が施されています。モーゼの十戒をテーマとしたレリーフだそうです。
私は、昔からレリーフが大好きです。彫刻や銅像では、色彩がないせいか、像のイメージがやや把握しにくいことがあります。 しかし、レリーフというのは、絵画と彫刻・銅像の中間に位置する造形芸術だと思います。絵画が大好きな私には、レリーフは絵画の延長のように思われ、とても親しみやすいのです。 |
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マドレーヌ寺院を出て、南の方向、セーヌ川に向かって歩き、コンコルド広場につきました。写真は、この広場の街灯です。昔は多分ガス灯だったのでしょうが、ガス灯にも似合いそうなクラシックなデザインです。
この広場の主人公は、中央に高くそびえるオベリスク(尖塔)です。古代エジプトの遺物を、ナポレオンがここに運ばせたとのことです。そのオベリスクが、広場の噴水や街灯となんの違和感もなく共存しています。
左の写真の右下部に、モネの「睡蓮」連作を展示しているので有名なオランジェリー美術館の屋根が見えます。 |
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コンコルド広場からセーヌ川に沿って下流の方向(西の方向)に歩き、パリ名所の一つアレクサンドル3世橋に着きました。橋の中央部に行き、四周を見回して、花の都パリの景観を満喫しました。
上流の方をみると、コンコルド広場とブルボン宮をつなぐコンコルド橋が見えました。こちらは、アレクサンドル3世橋とは違い伝統的な石造橋で、川の中に3本の橋脚が立てられています。
そのコンコルド橋のはるか向こうに、ルーブル美術館の巨大な屋根が見えています。 |
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アレクサンドル三世橋の中央部から、南東の方向にあるエッフェル塔を撮影しました。
この場所にくると、エッフェル塔はかなり大きく見え、パリの鉛色の空を衝いてそびえ立っていました。
エッフェル塔は、フランス革命100周年を記念して1889年に開催されたパリ万博のために建設されました。一方、このアレクサンドル三世橋はその11年後、1900年のパリ万博を記念して建設されました。
どちらも、近代製鋼技術により強靭な鉄構部材が大量に生産されるようになったので、建設が可能になったとのことです。 |
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アレクサンドル3世橋のアンバリッド側のたもとに、左の愛らしい子供たちの群像がありました。どこの国でも、子供たちは理屈などぬきで実に可愛らしいものです。
群像の背景には、セーヌ川南岸の並木がみずみずしい新緑を吹いていました。
写真の右下部には、セーヌ川上流、コンコルド広場の対岸にあるブルボン宮が見えます。コンコルド広場を隔てて対峙するマドレーヌ寺院とどこかイメージの似ている建物です。
この建物は、現在国民議会によって使用されています。 |
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アレクサンドル3世橋から南の方向を見ると、まっすぐに伸びた広い道路の先に、アンバリッド(廃兵院)の巨大なドームが金色に輝いています。まさに花の都パリを代表する景観のひとつです。
現在、アンバリッドの巨大な建物の大部分が「軍事博物館」として利用されています。しかし、「廃兵院」の役割は現在も務めており、100人ほどの軍人が療養をしているそうです。
その建物の2階にあがり、大きな中庭ごしにドームを撮影しました。三色旗とドームが実によくマッチしてますね。 |
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アンバリッドの中には、このような壮麗な教会があります。白を基調とした明るいつくりで、方々においてある三色旗が非常に鮮やかに見えます。
現在では、アンバリッドはナポレオンの遺体が安置されているので有名です。写真正面のガラス張り部分が巨大なドームの直下に当たりますが、その部分の地下に大きな赤い棺があり、その中に鉛などで密封されてナポレオンが眠っているとのことです。
この祭壇で祈りをささげて、私どもは400年近い歴史をもつアンバリッドを後にしました。 |