シェーンブルン宮殿は、ハプスブルク王朝の歴代君主たちが主に夏の離宮として使用した宮殿です。18世紀中ごろに、女帝マリア・テレジアがここを居城として使用することに決め、大改築を行って今日の形になりました。
シェーンブルン宮殿の横幅は180メートル、居室の数は1441もあり、フランス・パリ郊外のヴェルサイユ宮殿と並ぶ規模といわれます。
宮殿に隣接する広場から先は、幾何学的に配置された大花壇庭園が広がります。 その奥に、宮殿に正対するように「ネプチューンの泉」という半円形の泉があり、海神ポセイドンの彫刻が高くそびえています(ポセイドンとは、ネプチューンの別名だそうです)。
リング沿いのカールスプラッツ駅から地下鉄U4線でシェーンブルン駅に行きます。下車後徒歩5分ほどで、宮殿の門に着きました。 |

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宮殿の両袖にも下の写真のような建物があり、コンサートなどさまざまな目的に利用されているようです。シェーンブルン宮殿のうち、観光客に解放されているのは主として二階の部分で、そのほかの場所には一般市民が住んでいるということです。
モーツァルトは、6歳のときこの宮殿を訪れ、「鏡の間」でマリア・テレジアにピアノの演奏を披露したそうです。
宮殿の内部に入ったところ、大きな団体が来ていて大変な混雑だったので、あきらめて宮殿の奥にある庭園に行きました。 |
壮大な規模を誇るシェーンブルン宮殿の庭園は、パリ郊外のヴェルサイユ宮殿の庭をモデルとしたといわれ、整然たるフランス式の構成になっています。
宮殿に隣接する広場から先は、幾何学的に配置された大花壇庭園が広がります。その奥に、宮殿に正対するように「ネプチューンの泉」という半円形の泉があり、海神ポセイドンの彫刻が高くそびえています(ポセイドンとは、ネプチューンの別名だそうです)。 |

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広大なシェーンブルン宮殿の庭園には、写真のような広い並木道が縦横に走っています。それらを通って、遊覧馬車やSLの形をした遊覧バスが行き交っています。
まずは、「ネプチューンの泉」から東の方向に歩き始めました。こちらには、世界最古といわれる動物園、日本庭園、大温室などがあるそうです。
ときどき、リスが並木から下りてきて、すばやく道路を横切って他の並木に登ります。
並木のプラタナスやマロニエは、もうかなり黄葉が進んでいました。 |
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女帝マリア=テレジアの夫が創立した動物園で、現存する世界最古の動物園とされます。現在はパンダもいるそうです。今日は土曜日なので、子供たちで大賑わいでした。 |
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パルメンハウスと呼ばれるヨーロッパ最大の規模の大温室です。アール・ヌーボー様式の美しいフォルムを鉄とガラスで構成したこの大温室は、当時大評判となったそうです。 |
また「ネプチューンの泉」に戻り、その背後の丘の上にそびえるグロリエッテを見上げました。この建物は、女帝マリアテレジアが、7年戦争でプロイセンに勝利したのを記念して建設したものということです。
丘をゆっくりと登っていき、半分ほど登ったところから全景の写真を撮りました。丘の上にグロリエッテの大きな建物があるので、非常に高くそびえているように感じました。建物中央の屋根に、ハプスブルグ家の紋章である金色の鷲が大きく翼を広げていました。 |

上の写真を撮った場所より少し登ったところで下を振り返ると、シェーンブルン宮殿と庭園の全景がひろびろと見渡せました。宮殿の建物は金色に近い黄色で塗装されていますが、この色はマリアテレジアが選んだとされます。ご覧のように、庭園や周囲の森と非常によくマッチしているように思われます。
宮殿のさらに向こうには、シェーンブルンの街の白壁、赤い屋根の民家が広がっていますが、それらもこの宮殿とよく似合う景観となっています。 |

グロリエッテの丘を降りて、今度はネプチューンの泉の西側に向かいます。こちら側は、丘のふもとに沿って泉がいくつかあり、かっこうな休憩場所となっています。
下の写真は「ローマ風の廃墟」と名づけられた場所で、古代ローマの遺跡を思わせる造りとなっています。確か、パリ郊外のヴェルサイユ宮殿の庭園にもこれと似たような場所がありましたが、18世紀にはこのような廃墟の美が庭園造りに取り入れられた時期があったようです。
観光馬車の御者が、このスポットの前に馬車を止め、お客たちになにか説明していました。お客たちは、その説明を聞いて、さっそくカメラのシャッターを切っていました。 |

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エジプトのヒエログリフ(象形文字)を刻んだオベリスクのある噴水です。マリア・テレジア女帝の息子ヨーゼフ2世の時代につくられました。 |
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SLの形をした自動車に牽引された観光バスです。シェーンブルン宮殿の広い庭園内を循環しており、子供も大人も乗ることができます。 |
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