ジュリスト1361号




ユビキタス社会における犯罪の現状と青少年の保護

T はじめに
 ここ20年間のインターネットの急速な普及は、犯罪状況に大きなインパクトを与えている。2008年6月8日の秋葉原の無差別殺傷事件の被疑者に関連して「ネット(携帯)依存症」という言葉も新聞紙上などに登場した。青少年を中心とした、特に携帯電話を介しての、ヴァーチャルな世界への耽溺、その裏返しとしての社会性の喪失ということが、犯罪現象に何らかの影響を与えているのではないかという指摘は多い。これらの問題の解明、そしてそれに対する法的対応も軽視されるべきではないであろう。ただ、本稿では、法的に守るべき利益として、より確定したものに限って扱うことにしたい。
 かなり古くから、ネットを利用した薬物・銃器の売買、売春の斡旋、爆弾の製造方法やハッキング技術の公開など、まさにさまざまな問題が指摘され続けてきた(例えば、朝日新聞平成8年11月22日付参照)。最近でも、「裏(闇)の職業紹介サイト」をきっかけにした凶悪犯罪の登場が問題とされ、自殺を結果的に慫慂するサイトの規制が問題となっている。これらの「犯罪を容易にするネット機能」を、従来の犯罪の「幇助」として処罰していく道も考えられないことはない。また、予備罪的なものを処罰する立法も不可能ではないかも知れない。現時点では、まずこれらの様々な危険性から、特に青少年を守るという視点からの法的取組がなされている。
 かつて、この問題領域における議論は、コンピュータ・電磁的記録の特性に対応して規定されたコンピュータ犯罪1)への対応に集中していた。その後、議論の外延が拡がり、「インターネット犯罪」に重点が移ったのは10年ほど前からのことであるといってよい(前田雅英・ジュリスト1112号77頁以下参照)。インターネット犯罪とは、情報通信ネットワークの機能を阻害する刑罰法規に触れる行為と情報通信ネットワークを手段として用いる犯罪の総称である。情報通信ネットワークはコンピュータと密接に関連するので、コンピュータの機能を阻害し、又はこれを不正に使用するコンピュータ犯罪とも連続性を有する。これに対応するために不正アクセス罪(不正アクセス法3条等)が創設された。これに加えて、インターネットを利用したわいせつ図画公然陳列・販売罪(175条)、名誉毀損罪(230条)、侮辱罪(231条)、詐欺罪(246条)が主として問題とされてきた。そして、「ハイテク犯罪」という概念が用られるようになっていく。コンピュータ技術や電気通信技術を悪用した犯罪一般を指す概念で、コンピュータ犯罪・インターネット犯罪に加え、証拠として電磁的記録が含まれる犯罪をも包含するものである。その中で、量的に特に目立ったのは、わいせつ画像の陳列、わいせつデータの販売行為である。既に、わいせつ物公然陳列罪(刑法175条)該当行為に関して、判例の態度も確定しているといってよい(最決平成13年7月16日刑集55-5-317等参照)。
 不正アクセス罪は公共財としての「ネット」そのものの保護を目指すものといえよう。
それは、主として刑法で保護する重要な法益の、予備罪的なものを処罰するのではない。新しい公共的利益としての「情報ネットワーク」という法益が定着しつつある。  そして、現在は、例えば新にネットによる著作権侵害の深刻な問題が発生してきている。ウィニー問題である。これは、旧来の法益侵害を新しい手段により侵害することにいかに対処するかという問題であるといってもよい。しかし、刑事司法全体から見ると、旧来の犯罪摘発とは異なった対応を迫られているのである。特に、インタネットサービスプロバイダー(ISP)等を中心とした「民」の力と如何に連携するかが重要な意味を持ってきている。
 このような動きを踏まえつつ、本稿では、5月と6月に成立した二つの法律を中心に検討する。
2 出会い系サイトの法改正について
(1)法改正に向けての研究会
現在の日本においては、多くの国民が携帯電話を利用し、しかもその多くはインターネットに接続できる機能を有している。また、パソコンや家庭用ゲーム機から日常的にインターネットにアクセスできる環境にある家庭も増えている。そして、特に小・中学生や高校生の間で携帯電話の普及が進み、インターネット社会に気軽に参加する児童が増えている。「かなりの児童がインターネットに接続できる携帯電話を持っている」という世界的に見て特殊と言われる状況が現出しているのである。しかし、インターネット上には、児童に有益な情報のみならず児童の健全育成を阻害するおそれのある情報も存在し、それらが氾濫している。
 その8ような中、出会い系サイトについては、同サイトの利用をきっかけに児童買春等の犯罪被害に遭う児童が急増したことから、平成15年に出会い系サイトの利用に起因する犯罪から児童を保護することを目的とした「インターネット異性紹介事業を利用して児童を誘引する行為の規制等に関する法律」(いか、「出会い系サイト規制法」)が制定され、同年9月に施行された(事業者規制部分は12月施行)。
 この8法律が、平成15年の施行から約4年が経過したことを受けて、2007年に警察庁生活安全局の中に、「出会い系サイト等に係る児童の犯罪被害防止研究会」が設置された3)。
 この法律の施行後の状況を見ると、「出会い系サイト」の利用に係る被害児童数は一旦減少していたものの2006年から再び増加に転じていた。出会い系サイトに係る児童の被害は依然として深刻な状況にあると言わざるを得ない。児童買春、都道府県青少年保護育成条例違反(淫行)等児童の性的被害に係る事件の他、児童をホテルに監禁し現金を要求した身代金目的誘拐事件が発生するなど、児童の生命、身体に危険が及んだ凶悪事件も発生している。
 この研究会では、出会い系サイト事業者等から運営方法や児童の被害防止のための自主的な取組みについて聴取したほか、出会い系サイトを巡る諸状況を把握した上で、出会い系サイト規制法法第7条及び第8条を含めた法全体の問題点の抽出を行い、幾つかの論点とその対応策について、5回の協議と様々なやりとりを通じて議論を進め、2008年3月に報告書をとりまとめた。