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被害者の行為の介在と因果関係                          

【設問】甲は,他の数名と共謀の上,Aに対し,公園において,深夜約2時間にわたり,間断なく極めて激しい暴行を繰り返して傷害を加え,引き続き,マンション居室において,約45分間,断続的に同様の暴行を加えた。Aは,すきをみて,上記マンション居室から靴下履きのまま逃走したが,甲らに対し極度の恐怖感を抱き,逃走を開始してから約10分後,被告人らによる追跡から逃れるため,上記マンションから約800m離れた高速道路に進入し,疾走してきた自動車に衝突され,後続の自動車にれき過されて,死亡した。甲の罪責について述べよ。

【ポイント】本問では、甲には、殺意が認められないことが前提となっている。甲の行為が、傷害罪(共同正犯)に該当することは明らかである。問題は、高速道路においてひき殺された「死の結果」が甲らに帰責されるかにある(傷害致死罪の成否)。
 刑法上の因果関係が実質的に問題となる事案は、本問のように「被害者が危険な高速道路に逃げ込んだ」という通常あまり起こらない事情が介在した場合なのである。このような、「被害者の行為の介在した場合」に因果関係を認めるか否かは、裁判官でも説が対立する。本問題は最二小決平成15年7月16日(刑集57巻7号950頁)の事案とほぼ同一であるが、その一審と二審で因果関係の判断が分かれたのである。

【解説】1 相当因果関係説の「相当性」が主として問題となるのは、本問のように、「結果にいたる因果経過の相当性」である(狭義の相当性)。激しい暴行が具体的な結果に現実化したといえるのかという問題であるともいえよう。相当因果関係論についての3説の対立は、この狭義の相当性にはかかわらないといってよい。
2 このような狭義の相当性は、単に「現に生じた因果経過がどれだけ突飛だったのか」だけでは判定し得ない。本問のように被害者の行為(さらに高速道路においてAを轢いた運転手の行為)が介在して結果が発生した場合に、行為者の実行行為に結果を帰属せしめ得るか否かは、結局は、実行行為に存する結果発生の確率の大小、介在事情の異常性の大小、介在事情の結果への寄与の大小の衡量によって判断される。
同じく医師の重過失行為が介在して被害者が死亡したとしても、問題となる実行行為により瀕死の重傷を負わせたような場合は、軽傷を負わせたに過ぎない場合に比し、死の原因を与えたと評価されやすい。ただ、この「行為の有する結果発生の蓋然性の高さ」だけで因果関係を判断するわけにはいかない。いかに半日後に死ぬような瀕死の重傷を負わせようと、数時間後に第三者が被害者を故意に射殺した場合には、死の結果は射殺者に帰属し、行為者は未遂の罪責しか負わない。
3 介在事情の異常性は、単純に「介在事情がどれだけ突飛なことか」を問題にするのではない。介在事情が実行行為との関係でどの程度の通常性を有するかが吟味されなければならない。@行為者の実行行為から必然的に惹き起こされたのか、Aそのような行為に付随してしばしば起こるものなのか、Bめったに生じないものなのか、C実行行為とは全く無関係に生じたものなのかにより、次第に因果性が否定されやすくなる。その際に特に重要なのが、介在事情が主として被告人の行為によって発生したのか否かなのである。被告人の行為と被害者の介在行為との条件関係の存在は当然の前提となっているので、前者の後者に対する影響力の大小が判断されなければならない。
 なお、「介在事情自体の結果への寄与の度合い」も、因果性の判断にとって重要である。既に実行行為により生じていた瀕死の状態に、後に暴行行為が加わることにより死期が僅かに早まったに過ぎない場合であれば、具体的な死亡は介在行為により生じたように見えても、はじめの実行行為に帰責されるべきであろう。逆に、いかに重傷を負っていても、「故意の射殺」のような先行の行為を凌駕する事情が介在した場合には、重傷を負わせた行為と死との因果性は否定されることになるのである。
4 本問のような、実行行為と結果の間に被害者自身の行為が介在する事案は、実際には傷害致死罪において問題となる。@大審院は、医師に見せずに傷に天理教の『神水』を塗ったため丹毒症に罹患し傷が悪化した事案において、重い傷害結果につき傷害罪を認めた(大判大12・7・14刑集2・658)。最高裁も、医師資格のない柔道整復師が被害者から風邪気味であるとの診察治療依頼を受けて、熱が高くなれば雑菌を殺せると考え、被害者の熱を高め汗を流すこと等を指示したところ、被害者はこれを忠実に守り脱水症状を起こし肺炎を併発して死亡したという事案に関し、「誤った治療法を繰り返し指示し、これに忠実に従った患者が病状を悪化させて死亡するに至った場合には、患者側に医師の診察治療を受けることなく右指示に従った落ち度があったとしても、右指示と患者の死亡との間には因果関係がある」と判示した(最決昭63・5・11刑集42・5・807)。
 また、A暴行を避ける為に被害者自らが水中に飛び込んで死亡したような場合にも傷害致死罪の成立が認められる(大判昭和2・9・9刑集6・343、最判昭和25・11・9刑集4・11・2239、最決昭和46・9・22刑集25・6・769、さらに東京高判昭和55・10・7判タ443・149)。さらに被害者が、被告人等の暴行に耐えかねて、逃亡しようとして池に落ち込み、露出した岩石に頭部を打ちつけたため死亡したものであるとしても、被告人らの暴行と死亡との間には因果関係は存在するとする(最決昭和59・7・6刑集38・8・2793、同旨大判大正8・7・31刑録25・899)。もっとも、強姦未遂行為により、被害者が自殺しても強姦致死罪(181条)では立件されていない(最決昭和38・4・18刑集17・3・248)。
そして、B最決平4年12月17日(刑集46・9・683)は、視界の悪い海中での夜間潜水訓練中受講生らの動向に注意することなく不用意に移動して受講生らから離れ同人らを見失うに至った指導者の行為に関し、初心者である被害者が海中で空気を使い果たし、ひいては適切な措置を講ずることもできないままに溺死す結果を引き起こしかねない危険性を持つものであるとし、「被告人を見失った後の指導補助者及び被害者に適切を欠く行動があったことは否定できないが、それは被告人の右行為から誘発されたものであって、被告人の行為と被害者の死亡との間の因果関係を肯定するに妨げないというべきである」と判示し、業務上過失致死罪(211条)の成立を認めた。
5 前掲最二小決平成15年7月16日は、本問とほぼ同一の事案について「以上の事実関係の下においては,被害者が逃走しようとして高速道路に進入したことは,それ自体極めて危険な行為であるというほかないが,被害者は,被告人らから長時間激しくかつ執ような暴行を受け,被告人らに対し極度の恐怖感を抱き,必死に逃走を図る過程で,とっさにそのような行動を選択したものと認められ,その行動が,被告人らの暴行から逃れる方法として,著しく不自然,不相当であったとはいえない。そうすると,被害者が高速道路に進入して死亡したのは,被告人らの暴行に起因するものと評価することができるから,被告人らの暴行と被害者の死亡との間の因果関係を肯定した原判決は,正当として是認することができる」として、甲に対する傷害致死罪の成立を認めた。
6 本決定は、被害者が高速道路に進入したのは、被告人らから長時間激しくかつ執ような暴行を受け、被告人らに対し極度の恐怖感を抱き、必死に逃走を図る過程で、とっさにそのような行動を選択したものと認められることなどに言及している。そうすると、被疑者の高速道路に侵入してしまうという介在行為は、単に「甲の行為と無関係にAの誤った判断から生じた」という評価を否定するのみならず、逃走後10分を経過したとしても、被告人らの強度の暴行に強く影響・支配されて発生したと評価したものと見られる。ひき殺した者の行為は、高速道路上でもあり、因果性を切断するようなものでないことは当然の前提となっている。
 たしかに、高速道路に進入するという極めて危険な逃走を選択したのは、著しく不自然、不相当であったともいえなくはない。しかし甲らの強度の暴行が被害者に極度の恐怖心を与えて、その後の心理に影響し続けた以上、暴行を避ける為に被害者自らが水中に飛び込んで死亡した事案と同様、傷害致死罪の成立を認めることが妥当なように思われる。

(ステップアップ問題)本問で、甲らの暴行により重傷を追ったAが、高速道路に侵入したところで、通行中の車に助けられ、病院に運ばれたところ、医療行為を行った医師の過誤で死亡した場合、甲には傷害致死罪が成立するか考えてみよう。